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研究内容

教授挨拶

 平成24年度5月より、東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学講座 免疫学教室の教授に就任致しました。当免疫学教室は、多田富雄先生による抑制性T細胞の研究、谷口維紹先生によるサイトカイン研究等、独自性の高い新たな概念を発信して参りました。この伝統ある教室の歴史・業績に恥じない教育・研究ができるよう、新しい時代の免疫学を開拓していきたいと考えています。私は、整形外科で専門としていた関節リウマチの骨破壊の研究をする中で、骨組織の制御における免疫系の重要性を痛感し、谷口維紹先生のもとで免疫系による骨の制御に焦点を当てた免疫学の基礎研究に従事することになりました。その過程で、生命現象を分子レベルで解明し、分子遺伝学的手法で且つ生体レベルでその意義を解明していくことに魅せられ、基礎研究の道に進み、免疫寛容破綻につながるT細胞分化機構や樹状細胞のシグナル伝達を研究して参りました。また、骨や滑膜等の末梢組織と免疫系の相互作用に注目し、骨免疫学 (オステオイムノロジー Osteoimmunology)と呼ばれる分野を発展させてきました (Profile参照)。骨は造血幹細胞を擁する重要な免疫器官でありますが、骨髄には造血幹細胞、リンパ球、特にB細胞やプラズマ細胞、メモリーリンパ球などが多数存在しており、近年では骨芽細胞や破骨細胞といった骨代謝細胞やその他の骨髄構成細胞が、免疫系細胞と連携を取ることが指摘されつつあります。今後は、骨を免疫器官の一つとして捉えた新しい観点からも免疫制御機構の解明に取り組む必要性を感じており、これまで構築してきた骨免疫学のコンセプトを更に発展させ、新たな免疫応答機構の理解にも繋げていきたく思っております。

 また平成21年10月から、平成27年3月まで(独)科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO高柳オステオネットワークプロジェクトの研究総括として、骨を中心とした全身の制御メカニズムの解明を目指した研究プロジェクトにも取り組んで参りました。本プロジェクトに関する研究概要に関してはこちらのHPをご覧下さい。

研究詳細

当研究室では、免疫細胞の分化過程や自然免疫系・適応免疫系の制御機構を分子レベルで解析し、免疫反応を統合的に理解することを目指しています。また、骨と免疫の相互作用や共通制御機構を扱う骨免疫学のパイオニアとして本領域を推進しています。特に、免疫系の中枢組織である骨髄、胸腺の研究に注力しています。ゲノムワイドな網羅解析、シングルセル解析、プロテオームなどの最先端のスクリーニング系を基に、サイトカインシグナル伝達と遺伝子転写制御に焦点を当てた分子生物学的アプローチと遺伝子改変マウスを用いた生体レベルでの検証を重視し、関節リウマチなどの自己免疫疾患、難治感染症や骨粗鬆症などの骨関節疾患に対する画期的な治療法の開発に繋げることを目標にしています。

【1. 骨免疫システムによる生体制御】

骨格系と免疫系は様々な制御分子を共有する他、骨髄微小環境や関節リウマチにおける炎症滑膜など、生理的および病的環境下において常に相互に影響し合う関係にあり、「骨免疫システム」と呼ぶべき複雑な制御系を築き上げています。脊椎動物が海から陸へと進出した際に、海水から供給されていたカルシウムを体内に蓄え、陸上で体を支え運動するために骨格系が発達したのと同時に、紫外線から造血部位を保護しつつ、陸上病原体に対抗するために造血系・免疫系が骨髄中で高度に発達したことにより、骨と免疫は進化的に結びついた可能性が考えられます (Tsukasaki et al, Nat Rev Immunol, 2019)。骨免疫学は、こうした免疫系と骨の相互作用や共通制御機構を扱う新規学際領域であり、私たちはこれまで骨免疫学の創成、発展に大きく貢献してきました。

 骨の恒常性は、骨芽細胞による骨形成と、破骨細胞による骨吸収のバランスにより保たれています。骨芽細胞は間葉系幹細胞由来ですが、破骨細胞は造血幹細胞由来の細胞であり、単球/マクロファージ系前駆細胞が細胞融合を繰り返して分化した多核の巨細胞です。破骨細胞は骨基質上で極性化し、骨吸収を行うための特徴的な形態を示すとともに、自らと骨の間隙に酸やタンパク質分解酵素を放出することで、骨基質を分解する非常にユニークな細胞です。破骨細胞分化・機能の異常は、関節リウマチで認められる炎症性骨破壊 (研究内容3を参照)や、閉経後骨粗鬆症、がんの骨転移 (研究内容7を参照)などの骨量減少、大理石骨病などに深く関わります。そのため、こうした様々な骨疾患の治療法開発を目指す上で、破骨細胞の分化や機能の制御機構を明らかにすることが必要不可欠な課題です。

 単球/マクロファージ系前駆細胞が破骨細胞に分化するには、RANKLと呼ばれるサイトカインからのシグナルを受け取ることが必要です。私たちはこれまでは破骨細胞分化に関わるRANKLの細胞内シグナル伝達機構を解析し、マスター転写因子であるnuclear factor of activated T cells c1 (NFATc1)の同定 (Takayanagi et al, Dev Cell, 2002; Asagiri et al, J Exp Med, 2005)、RANKの共刺激受容体の発見、immunoreceptor tyrosine-based activation motif (ITAM)シグナルの重要性 (Koga et al, Nature, 2004)、RANK—ITAMのシグナルを結ぶチロシンキナーゼBtk/Tecの重要性 (Shinohara et al. Cell, 2008)などを報告してきました。特筆すべき点は、こうした破骨細胞分化に必須の制御因子が、免疫システムと共有されている分子であるということです。また破骨細胞の骨吸収機能に必須のタンパク質分解酵素Cathepsin Kは、樹状細胞においても機能しており、TLR9下流のシグナル伝達制御に関与していることも明らかにしました (Asagiri et al, Science, 2008)。さらに、RANKLはそもそもT細胞上に発現する免疫制御因子として同定されたサイトカインであり、破骨細胞分化だけでなく、リンパ節や胸腺などの免疫組織形成にも必須の機能を果たすことが知られています。腸管のM細胞分化にもRANKLシグナルが必須であり、私たちは腸管M細胞分化を誘導するRANKL産生性の間葉系細胞 (M cell inducer cells: MCi) を同定しました (Nagashima et al, Nat Immunol, 2017)。こうした一連の研究により、様々なサイトカインや細胞内因子等が免疫細胞と骨代謝細胞とで共有されていることを見出し、骨と免疫系との共通点を明らかにしてきました。

 また、神経回路形成や免疫反応に関わることで知られていたSemaphorin family分子のうち、Sema 4Dが破骨細胞による骨芽細胞制御に関わり (Negishi-Koga et al, Nature Med, 2011)、またSema 3Aは骨芽細胞から産生され、骨芽細胞自身と破骨細胞の両者に働きかけることで、骨吸収の抑制と骨形成の促進という2つの作用を有することを見出してきました (Hayashi et al, Nature, 2012)。さらに、エストロゲン欠乏や加齢によるSema3Aの骨量維持作用の低下が、閉経後骨粗鬆症や加齢性骨粗鬆症に寄与していることを明らかにしました (Hayashi et al, Cell Metab, 2019)。Sema4DやSema3Aは骨量減少疾患に対する新たな創薬ターゲットとして期待されます。

関連日本語総説:
高柳広: HISTORY 骨免疫学(1)リウマチ骨破壊と骨免疫学の黎明 BIO Clinica 33(10):95-98 (2018)
高柳広: HISTORY 骨免疫学(2)骨と免疫の共通制御機構 BIO Clinica 33(12):31-35 (2018)
高柳広: HISTORY 骨免疫学(3)骨による免疫制御 BIO Clinica 34(2):30-34 (2019)
高柳広: HISTORY 骨免疫学(4)骨免疫学の新展開 BIO Clinica 34(4):31-35 (2019)
岡本一男、高柳広: Overview – その研究の新たな潮流、THE BONE 特集 『骨免疫学の進歩が変える骨関節疾患アプローチ』 31(2): 19-28 (2017)


【2. 自己免疫疾患におけるT細胞の分化・機能】

免疫反応は病原微生物への生体防御に重要ですが、自己免疫疾患のように免疫制御が破綻し暴走化すると、自己組織が攻撃され損傷が起こります。免疫反応の中枢として働くCD4 T細胞は、抗原刺激を受け取ると周囲のサイトカイン環境により異なるサブセットに分化します。近年IL-17を産生するヘルパーT細胞サブセット・Th17細胞が関節リウマチや多発性硬化症などの自己免疫疾患の病態形成や、ある種の細菌や真菌に対する生体防御に関わることが明らかとなり、Th17細胞を標的とした抗体製剤や低分子阻害剤の開発が目覚しい状況にあります。私たちは転写制御因子IκBζがTh17細胞分化に重要であり、私たちは転写制御因IκBζがTh17細胞分化に重要であり、ROR核内受容体との協調作用によりIL-17産生を誘導するという新規メカニズムを見出しました (Okamoto et al, Nature, 2010)。また、多発性硬化症のマウスモデルである実験的自己免疫生脳脊髄炎(EAE)の解析から、T細胞が発現するRANKLが、中枢神経組織へのT細胞浸潤に重要であることを見出しました (Guerrini et al, Immunity, 2015)。Th17細胞はRANKLを介して血管脳関門を構成するアストロサイトに作用することで、ケモカイン産生を誘導し、中枢神経組織へのさらなる免疫細胞浸潤を招くという機序を明らかにしました。RANKLに対する低分子阻害剤投与によりEAEの発症が抑えられため、RANKLを標的とした多発性硬化症制御の開発が期待されます。

 さらに最近、アルギニンメチル化酵素PRMT5が末梢のCD4 T細胞、CD8 T細胞の維持、およびナチュラルキラーT (NKT)細胞の分化に必須の制御因子であることを見出しました。PRMT5は、RNAスプライシングの制御因子Smタンパク質をアルギニンメチル化修飾することで、γc鎖とJak3 mRNAの効率的なスプライングを促し、IL-2、IL-7、IL-15といったT細胞やNKT細胞に必須のサイトカインシグナルの強度を制御します (Inoue et al, Nat Immunol, 2018)。近年Jakに対する阻害剤が関節リウマチなどの自己免疫疾患に対する治療薬として注目を浴びています。本成果によりpre-mRNAスプライシングを介した新たなサイトカイン-Jak制御機構が存在することを明らかにしました。

関連日本語総説:
岡本一男、Matteo M. Guerrini、高柳広: EAEの中枢神経炎症におけるRANKLとT細胞の役割、臨床免疫・アレルギー科 66(3):221-226 (2016)


【3. 炎症性骨疾患の病態機序】

関節リウマチでは滑膜の炎症により、骨関節破壊が生じ、患者の運動機能は制限されQOLが著しく低下します。私たちは関節リウマチにおいて、Th17細胞が骨破壊誘導性のT細胞サブセットとして機能することを見出し、マウスの炎症性骨破壊モデルを用いて、その病理学的意義を生体レベルでも明らかにしました (Sato et al, J. Exp. Med, 2006)。また、制御性T細胞のマスター制御因子Foxp3を発現するT細胞の一部が関節リウマチにおいて強力なIL-17およびRANKL産生能を持つ新規Th17細胞サブセット(exFoxp3Th17細胞)へ分化転換し、滑膜線維芽細胞との協調作用を介して、炎症と関節破壊を増悪化すること(Komatsu et al, Nat Med, 2014)、炎症関節では滑膜線維芽細胞が破骨細胞を誘導する実行役であること明らかにしてきました(Danks et al, Ann Dis Rheu, 2016)。さらに歯周炎においてもexFoxp3Th17細胞が主要な骨破壊誘導性T細胞としてはたらく一方で、歯周炎では感染防御や炎症の終焉に貢献する善玉細胞としての機能をもつことを明らかにしました(Tsukasaki et al, Nat Commun. 2018)。これらの研究により炎症性骨疾患の骨破壊におけるexFoxp3Th17細胞-間葉系細胞の相互作用の重要性が明らかとなりました。また免疫複合体の過剰産生は、関節リウマチに付随する特徴的な免疫学的異常でありますが、免疫複合体はIgG受容体(FcγR)を介して直接破骨細胞分化を促進し、骨量低下の一因となることがわかりました (Negishi-Koga et al, Nat Commun, 2015)。これらの成果は関節リウマチや歯周炎などの炎症性骨疾患の骨破壊に対する治療法の開発基盤の確立につながると期待されます。

 病的状況に限らず、骨折後におこる生理的な骨再生現象も炎症反応が深く関わることが知られています。私たちは、マウス大腿骨骨損傷モデルの解析により、IL-17産生性γδT細胞が骨損傷周囲組織の間葉系幹細胞に作用し骨再生を促すことが、骨折治癒の開始に必要であることを報告しました (Ono et al, Nat Commun, 2016)。IL-17はこれまで自己免疫疾患や感染防御への関与に注視されてきましたが、本研究により、骨再生過程では骨形成を誘導するという全く異なる機能を生み出すことがわかりました。

関連日本語総説:
小松紀子、高柳広:関節炎誘導性の病原性Th17細胞 医学のあゆみ『Pathogenic T cells-病原性T細胞』Vol.259 No.2 (2016)
小松紀子: 免疫分子と関節破壊のメカニズム 、CLINICAL CALCIUM 26(5): 683-689 (2016)
岡本一男、高柳広:炎症疾患における骨の障害と修復機構 別冊BIO Clinica 慢性炎症と疾患 『適応&修復のサイエンスと臨床応用の最前線』 第8巻1号 p55-60 (2019)


【4. 胸腺におけるT細胞レパトア形成機構】

T細胞は、その抗原受容体によって多様な病原体や腫瘍の成分を認識し、獲得免疫の中心的役割を担っています。T細胞の分化と抗原受容体レパトア(レパートリー)の形成は、胸腺という臓器において行われます。胸腺は、胸腺上皮細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞などのストロマ細胞が三次元メッシュワーク構造を形成した独特の微小環境をもちます。この微小環境によって未熟T細胞に様々なシグナルが与えられ、有用T細胞の選抜(正の選択)と自己反応性T細胞の除去(負の選択)を経て、多様かつ自己に反応しないT細胞レパトアが形作られます(Nitta & Suzuki, Cell Mol Life Sci, 2016)。私たちは、胸腺ストロマ細胞によるT細胞レパトア形成のしくみを解明することをめざしています。最近、胸腺上皮細胞に発現するプロテアソーム因子PSMB11 (β5t) の機能に着目して研究を行い、PSMB11のヒト遺伝子多型がCD8 T細胞のレパトア選択を変化させることを明らかにしました(Nitta et al, Sci Immunol. 2017)。特に日本人にはPSMB11 G49S多型が多くみられ、これが自己免疫疾患であるシェーグレン症候群のリスクと関連することがわかりました。また、自然免疫と獲得免疫の中間の役割を担うγδT細胞が胸腺で分化するしくみについても研究しています。炎症性γδT細胞の分化にSyk-PI3Kシグナル経路が必須であることを見出し、Syk-PI3K経路が炎症性疾患に対する有効な治療標的となる可能性を示しました(Muro et al, J Clin Invest. 2018)。


関連日本語総説:
室龍之介、新田剛:胸腺皮質上皮細胞によるT細胞レパトア制御『臨床免疫・アレルギー科 』 Vol.65 (2016)


【5. 胸腺における末梢組織自己抗原産生機構】

胸腺の髄質上皮細胞(medullary thymic epithelial cells)は末梢組織自己抗原(Tissue-Restricted self-Antigen, TRA)を発現することで、自己反応性T細胞を負の選択により除去したり、制御性T細胞へ分化させたりする役割を担っています。末梢抗原の約半分は核内因子Aireによって制御されることが知られていましたが、Aire非依存的な末梢抗原の発現制御はわかっていませんでした。私たちは髄質上皮細胞に高発現する転写因子Fezf2がAire非依存的な末梢抗原の発現を制御することを見出し、Fezf2欠損マウスは多臓器に自己免疫病態を呈することを明らかにしました。Fezf2とAireは互いに機能補完しながら自己免疫寛容を成立させていると考えられます (Takaba et al, Cell, 2015)。現在、組織末梢抗原ごとに機能誘導能をもつ胸腺由来の制御性T細胞を制御する分子機構や、がんや自己免疫疾患に関わる自己応答性T細胞の生理学的な役割について研究を展開させています。


関連日本語総説:
高場啓之、高柳広: 胸腺におけるT細胞の選択機構、臨床免疫・アレルギー科 67(3): 235-241 (2017)


【6. 骨髄における造血微小環境】

骨髄は、造血幹細胞や免疫前駆細胞を維持する他、単球や顆粒球などの骨髄系細胞、B細胞など様々な免疫細胞の発生・分化の場として機能します。特に、造血幹細胞の自己複製能や多分化能の維持には、造血幹細胞ニッチと呼ばれる特別な骨髄微小環境が必要です。近年、骨髄に存在するCAR細胞(CXCL12を発現する特殊な細網細胞)やレプチン受容体陽性間葉系細胞などが、造血幹細胞ニッチとして働くことが明らかにされてきました。一方私たちは、骨芽細胞は造血幹細胞の維持には必要でないものの、骨髄におけるIL-7の主な産生源として機能し、骨髄の共通リンパ球前駆細胞の維持に必須であることを見出しました (Terashima et al, Immunity, 2016)。さらに敗血症などの急性炎症時では、骨髄の骨芽細胞数が劇的に低下してしまい、その結果、こうした骨芽細胞によるリンパ球制御が破綻するためリンパ球減少症が引き起こされることを明らかにしました。骨髄を構成する細胞群と免疫細胞との様々な相互作用を理解することで、骨髄内の免疫細胞分化制御の解明に取り組んでいます。

関連日本語総説:
寺島明日香: 骨リモデリング制御と疾患、CLINICAL CALCIUM (2017)
寺島明日香、岡本一男、高柳広: 感染時の免疫応答における骨構成細胞の役割、医学のあゆみ 第5土曜特集『自然免疫の最前線』 (2018)


【7. がん骨転移の病態理解と治療法開発】

遠隔臓器へのがん転移はがん患者死亡の最大の要因であり、その制御はがん研究領域の克服すべき課題の一つです。特に骨は代表的な転移標的臓器であり、がん患者のQOL低下に直結する症状を来し、予後悪化に繋がります。近年免疫チェックポイント阻害剤の登場により、がん治療は大きな変革期を迎えようとしていますが、いまだがん骨転移の予防法・治療法は確立できていません。

 がん細胞は骨に転移すると骨芽細胞に作用してRANKLの発現を高めるため、破骨細胞による骨吸収が亢進し、骨の破壊や脆弱化が起こります。また骨は成長因子を豊富に蓄えているため、骨吸収が進むと骨基質から成長因子が放出され、その結果がん細胞がさらに増殖してしまう、という悪循環に陥ります。さらに、乳がん、前立腺がん、メラノーマなどの骨転移を起こす多くの腫瘍細胞はRANKを発現しており、RANKLは腫瘍細胞に作用することで細胞走化性を高めることが知られています。また、RANKLは膜結合型タンパク質として発現する他、細胞外領域でタンパク質分解酵素により切断を受け可溶型タンパク質として産生されることが知られています。私たちは、可溶型RANKLを選択的に欠損させた遺伝子改変マウスを用いて、可溶型RANKLの生体内の役割を調べたところ、骨代謝や免疫組織形成には膜結合型RANKLが中心に働いており、可溶型RANKLは必要ないことが判明しました。一方で、可溶型RANKLは腫瘍細胞に直接作用して、骨への走化性を促して骨転移を誘導することを見出し、がん骨転移における可溶型RANKLの特異機能を明らかにしました (Asano et al, Nat Metab, 2019)。ヒトにおいても血清中の可溶型RANKLの濃度が、乳がんの骨転移成立と相関することが報告されており、可溶型RANKLは骨転移を予測できる血中バイオマーカーとして有用であることが示唆されます。現在、RANKLに対する中和抗体ががん骨転移による骨病変の治療薬として用いられています。私たちは、ヒト由来乳がん細胞株ならびにマウス由来メラノーマ細胞株を用いた骨転移マウスモデルにおいて、RANKL低分子阻害剤の経口投与により、転移進行と骨組織の腫瘍進展が著明に抑制されることを明らかにしました (Nakai et al, Bone Res, 2019)。がん免疫療法の開発が急速に進展する中、抗体製剤以外のRANKLシグナル標的薬も治療選択の幅を広げる一助となりうると考えられます。

関連日本語総説:
岡本一男: 骨と免疫、がんにおける可溶型RANKL、臨床リウマチ 31(4):336-342 (2019)