研究内容 research

身体を支え動かすのに必要な「骨」。
細菌やウイルスなど外来病原体から身体を守るために必要な「免疫系」。


これらは一見無関係のように思えますが、実は私達の身体の中で深く関わり合っていることがわかっています。例えば骨髄は、造血幹細胞や免疫系前駆細胞を維持し、必要に応じて末梢に動員させる一次リンパ組織として重要な免疫機能を果たします。さらに骨の細胞と免疫細胞は、サイトカインや受容体、細胞内シグナル伝達因子などの多くの制御分子を共有しているため、様々な局面で両者は相互作用し、ときには一方の異常が片方に波及することになります。慢性炎症など免疫系が異常に活性化した場合では、骨への影響が持続化し、不可逆的な骨障害に至ります。こうした骨と免疫系の相互作用や共通制御機構を扱う新規学際領域として「骨免疫学」は創成され、特に関節リウマチの病態研究を中心に発展してきました (Okamoto et al, Physiol Rev, 2017)。本寄付講座では、骨免疫学視点から様々な骨関節疾患、炎症疾患の病態形成機序を理解し、新規薬剤開発や革新的治療法の確立に結びつく基礎医学研究を進めています。

Gallery

1. 破骨細胞分化とRANKLシグナル

骨の恒常性は、骨の古い組織が分解されて新しい組織に置き替えられること(骨リモデリング)により維持され、それは骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収とのバランスによって制御されています。このバランスの破綻は、関節リウマチ、閉経後骨粗鬆症、がん骨転移などの骨量減少性疾患や大理石骨病などを引き起こす原因となります。破骨細胞は単球/マクロファージ系前駆細胞由来の多核巨細胞で、酸やタンパク質分解酵素を分泌して、骨の無機質と有機質を分解します。その分化には、破骨細胞前駆細胞が骨芽細胞や骨細胞などの間葉系の支持細胞と接触し、RANKLと呼ばれるサイトカインからのシグナルを受け取ることが必要であることが分かっています。そのため破骨細胞分化におけるRANKLシグナルの解明は、破骨細胞が関わる様々な骨関節疾患に対する新規治療法の開発に繋がる重要な課題です (Tsukasaki et al, J Bone Miner Res, 2016)。
最近、単一細胞RNAシーケンシング解析により、破骨細胞が形成される仕組みを1細胞レベルで解き明かすことに成功しました。破骨細胞分化の全経路を網羅した当該データは、破骨細胞を標的とした治療開発に有用なリソースとして大いに資すると期待できます(Tsukasaki et al, Nat Metab, 2020)。また、RANKLは骨のみならず、胸腺やリンパ節、腸管M細胞の分化など免疫組織の形成にも必須のサイトカインであり、まさに骨と免疫の共有因子の代表格として知られています。一方、RANKLは膜結合型タンパク質として発現する他、可溶型タンパク質として産生されますが、両者の役割の違いについてはよくわかっていませんでした。我々は、可溶型RANKLのみを欠損したマウスを作成し、可溶型RANKLは生理的な骨代謝および免疫組織形成、閉経後骨粗鬆症には必要ではなく、主に膜結合型RANKLが重要であることを明らかにしました(Asano et al, Nat Metab, 2019)。さらにRANKLシグナルの阻害因子であるOPGは可溶性タンパク質として働き、骨代謝、胸腺、腸管M細胞分化を制御します。OPGも可溶型RANKLと同様に血中にも存在するものの、血中を循環するOPGではなく、骨、胸腺、腸管の各組織で局所的に産生されるOPGが重要であることを明らかにした。 (Tsukasaki et al, Cell Rep, 2020)。
現在、RANKLに対する抗体は骨粗鬆症や多発性骨髄腫およびがん骨転移による骨病変、さらに国内では関節リウマチの骨びらん抑制に対する治療薬として使用されています。一方我々は、これまでRANKLシグナルに対する低分子阻害剤の有効性をマウスの疾患モデルを用いて検証してきました (Guerrini et al, Immunity, 2015)。

2. T細胞による骨代謝制御

関節リウマチでは、自己反応性T細胞の活性化により、滑膜の局所炎症が誘導されます。その結果、滑膜線維芽細胞におけるRANKL発現が亢進し、そのため破骨細胞の異常な活性化により骨破壊が生じることが明らかにされています。このように関節リウマチはT細胞異常が骨代謝に影響及ぼす典型的な例であり、その病態研究は骨免疫学の発展の大きく貢献してきました。我々は他にも、歯周病におけるT細胞を介した歯槽骨破壊機構 (Tsukasaki et al, Nat Commun, 2018)や、骨損傷後のγδT細胞による骨再生誘導 (Ono et al, Nat Commun, 2016)など、様々な生理的・病理学的状況下において免疫細胞による骨代謝制御機構を明らかにしてきました。骨関節疾患や免疫疾患、造血疾患など、免疫系と骨の双方が絡む病態を理解するには、両者の複雑な相互関係を紐解くことが必要不可欠といえます。
また我々はこれまで関節リウマチの骨破壊に重要なT細胞サブセットとしてTh17細胞に焦点を当て、Th17細胞の分化や発生機序に関する研究を進めてきました (Okamoto, Nature, 2010; Komatsu, Nat Med, 2014)。最近我々は、アルギニンメチル化酵素PRMT5が末梢のT細胞およびiNKT細胞の恒常性維持に必須であることを見出しました。IL-2、IL-7、IL-15はT細胞やNKT細胞の維持に必須のサイトカインですが、いずれの受容体も共通受容体サブユニットγc鎖を有しており、Jak3の活性化を介して細胞内シグナル伝達を誘導します。PRMT5はRNAスプライシングの制御因子Smタンパク質をアルギニンメチル化修飾することで、γc鎖とJak3のpre-mRNAスプライングを制御していることがわかり、スプライシングを介した新たなγcファミリーサイトカインのシグナル制御機構であることを明らかにしています (Inoue et al., Nature Immunol. 2018)。

3. 骨髄における骨芽細胞による免疫制御

骨は、身体を支え運動を可能にするのみならず、細胞の生命維持に必要なミネラルを貯蓄し代謝を制御しています。さらに、骨髄には全ての免疫細胞の源となる造血幹細胞が存在しており、血球系細胞の分化を維持することで免疫反応にも影響を与えています。骨髄内の造血幹細胞の自己複製能や多分化能の維持には、造血幹細胞ニッチと呼ばれる特別な微小環境が必要です。造血幹細胞ニッチを構成する細胞としては、近年CAR細胞(CXCL12を発現する特殊な細網細胞)やレプチン受容体陽性細胞などが知られています。一方我々は、骨芽細胞は、骨髄におけるIL-7の主な産生源として機能し、骨髄の共通リンパ球前駆細胞の維持に必須であることを明らかにしました。さらに敗血症時ではG-CSFの作用により骨髄内の骨芽細胞が劇的に減少し、その結果骨髄の共通リンパ球前駆細胞が減少するため、全身のリンパ球数が低下しました。すなわち急性炎症後におこるリンパ球減少症が、骨髄の骨芽細胞障害に起因していることが明らかとなりました (Terashima et al., Immunity, 2016)。近年、骨芽細胞異常を発端とした白血病の発症に関する報告もなされています。骨は単に物理的な環境を提供しているだけでなく、造血細胞の恒常性を維持し、がん化を抑止するという機能的なサポートも行っていることが分かりつつあります。

4. がん骨転移の病態機構

がんの遠隔臓器への転移はがん患者の最大の死因であり、中でも骨は、肺、肝臓、脳に並ぶ代表的ながんの転移標的臓器の一つです。骨転移は骨痛、病的骨折、脊髄圧迫による麻痺などQOL低下に直結する症状を起こし、また骨転移後の期待余命は低く予後不良をもたらします。しかしながら未だ骨転移の根治療法は存在しません。現在、がん骨転移を予防し治療する画期的医療の開発を目指し研究に取り組んでいます。
 骨は増殖因子を豊富に含み、がん細胞に対して肥沃な環境を提供します。また、がん細胞は破骨細胞分化必須サイトカインRANKLの発現を亢進させることで、骨基質中の増殖因子の放出をさらに高め、がん細胞自身の増殖を促します。このように、骨は、がん細胞の増殖に適した肥沃な組織であることが知られています。RANKLは膜型と可溶型の二種類の形態をとることが知られていますが、我々は、可溶型RANKLのみを欠損させたマウスの解析から、可溶型RANKLは骨代謝にも免疫組織形成にも必須ではないことを明らかにしてきました(1.破骨細胞分化とRANKLシグナル、を参照)。一方、骨組織由来の可溶型RANKLは、がん細胞に直接作用することで、骨への走化性を促し骨転移を誘導することを発見しました(Asano et al, Nat Metab, 2019; Okamoto, J Bone Miner Metab, 2021)。さらにマウスモデルの実験から、新規RANKL低分子阻害剤(経口投与)は、がん細胞による破骨細胞分化と骨への走化性のどちらも阻害することで、骨転移を抑制することを明らかにしました (Nakai, et al., Bone Res, 2019)。ヒトでも血中RANKL濃度が、以後の骨転移発生率と相関することが報告されており、可溶型RANKLは骨転移発症の予測マーカーとして有用であり、且つ可溶型RANKLの抑止が骨転移発症率の低下に繋がることが示唆されます。がん細胞と骨免疫系の相互作用を解明することは、がん骨転移に対する新たな医療技術の創出に繋がることが期待されます。

5. 骨格幹細胞による骨免疫システム制御

近年のシングルセル解析および細胞系譜解析技術の進展により、骨組織には解剖学的局在や性質のことなる数種類の「骨格幹細胞」が存在し、それぞれ局所的に軟骨細胞や骨芽細胞へと分化することで、骨組織の形成に寄与することが分かってきました。しかしながら、異なる骨格幹細胞同士の関係性や相互作用については殆ど解明されておらず、様々な病的条件下における骨格幹細胞の動態や機能、免疫系との連関に関しても不明な点が多く残されています。我々は、骨を包む「骨膜」に存在する骨格幹細胞が、可溶性因子を分泌することで骨内部の骨格幹細胞を刺激し骨の成長を促すことを発見し、骨組織における「幹細胞クロストーク」の重要性を世界ではじめて明らかにしました(Tsukasaki et al, Nat Commun, 2022)。骨格幹細胞の機能や性状のさらなる解明は、骨免疫システムの形成・維持機構の理解を深めると同時に、低身長症、骨粗鬆症、骨腫瘍をはじめとする多くの骨疾患の原因解明と新規制御法の創出につながることが期待されます。